2013年4月14日日曜日

武器輸出に突っ走るロシア:コピーされることを覚悟で商売に徹する



●ロシア製「Su-27」戦闘機(写真はベラルーシ空軍のもの)〔AFPBB News〕


●ロシア製「Mi-35M」ヘリコプター〔AFPBB News〕



JB Press 2013.04.11(木)  小泉 悠:
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37556

武器輸出に突っ走るロシア、
コピー覚悟で中国にも
地下資源頼みの経済発展からの脱却目指しなりふり構わず

 4月3日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、2012年の武器輸出額が152億ドルと過去最高(対前年比12%増)となったことを明らかにした。
 これは米国に次ぐ世界第2位の数字であり、世界の武器市場の実に4分の1を占める。

■世界市場の25%を占めるまで急拡大したロシアの武器輸出

 冷戦期のソ連は戦略援助として同盟国・友好国に大量の武器輸出を行ってきたが、ソ連崩壊後、武器輸出行政の混乱によって輸出高は大幅に下落していた。

 しかし、プーチン政権が武器輸出窓口を国営武器輸出公社に一本化するなどして国家的に武器輸出拡大に向けた態勢を整えたことで再び武器輸出は増加傾向に転じた。
 2004年以降は毎年60億ドル以上、さらに2010年以降は毎年100億ドル以上を記録し続けてきた。
 その後も武器輸出額は拡大の一途を辿り、ついに150億ドルの大台に乗ったわけである。
 プーチン政権が武器輸出を重視するのは、それが原油・天然ガスに依存した経済からの脱却を目指す国家戦略と密接に関係しているためだ。

 現在、ロシアの国庫収入は約半分を原油・天然ガス収入に頼っているが、国際価格に左右されるため、安定的な収入源とは言いがたい。
 今後も経済の主力がエネルギー資源であることは変わらないにせよ、その依存度を低下させるためには資源以外にも国際市場で勝負できる製造業を持たなければならない。
 そこでロシア政府は、もともとロシアが得意とする航空・宇宙・造船・原子力に、今後の重要技術となるIT・ナノテクを加えた6分野を重点育成分野として資源依存経済からの脱却を図ってきた。
 軍需産業はこうした重点分野の多くに関わるうえ、すでに高い国際競争力を持っている。
 したがって、武器・軍用装備の売り込みを通じて外貨を稼ぎ、それを元手にさらに幅広い産業の活性化を図るというのがプーチン政権の戦略なのである。

 だが、ロシアの武器輸出を取り巻く状況は決して安泰なものではない。
 これまでロシア製兵器の大口顧客と言えば中国とインドだったが、前者は2000年代後半以降、国産兵器の比率を高めつつあり、ロシアとの間では目立った取引がほとんど行われていない。
 しかも中国はロシア製の「S-300」防空システムや「Su-27」戦闘機を無断でコピーし、輸出までしようとした「前科」があり、ロシアとしても軽々に輸出再開には応じられない。

 例外は、中国が国産できない戦闘機用大出力エンジン程度だが、これも問題がある。

■中国がロシア製エンジン付戦闘機をパキスタンに輸出


●フランスのダッソーが製造する戦闘機「ラファール」。インドが大量購入を決めた〔AFPBB News〕

 中国は、ロシアの「クリモフRD-93」エンジンを自国の「FC-1」戦闘機用に導入したが、この戦闘機はパキスタンへの輸出用だったのである。
 当然、インドと戦略的パートナーシップを結んでいるロシアとしてはインドの仮想敵であるパキスタンへの武器供与に協力するわけにはいかない。
 最終的に中国は輸出を強行したが、その後、ロシアはRD-93のメンテナンス提供を拒否したらしく、現在はウクライナ企業が代行していると見られる。

 インドは依然として多数のロシア製兵器を導入し続けており、武器開発パートナーとしても良好な関係にある。 
 2012年の対印武器輸出は35億ドルであったというから、武器輸出全体の4分の1弱をインドが占める計算だ。
 だが、欧米から武器禁輸を受けている中国とは異なり、インドはロシア以外にも多様な武器供給国を選択できる立場にあり、いつでもロシア製兵器を選んでくれるわけではない。
 例えばインドは最近、126機もの次期中型多目的戦闘機(MMRCA)の競争入札を行い、ロシアは「MiG-29」の大規模近代化型である「MiG-35」を提案したが、フランスのラファールに破れた。
 さらに次期空中給油機や次期大型ヘリコプターといった大口入札も軒並み失注し、ロシア側には大きな動揺が広がった。

 さらに深刻なのが、中東・北アフリカだ。

 2010年以降に吹き荒れた「アラブの春」の結果、40億ドルもの大口武器輸出契約が固まっていたリビアのカダフィ政権が倒れ、同じく10億ドル規模の武器輸出が始まる寸前であったシリアも内戦によって大部分の武器輸出をあきらめねばならなくなった(防空システムなど一部の輸出は実施)。

 このように、ロシアの武器輸出を取り巻く状況は決して楽観的なものではない。
 それでもロシアが武器輸出を年々拡大できているのは、積極的に新市場の開拓を進めているためだ。
 中国への武器輸出が失速するのと並行して、ロシアは東南アジアへの売り込みを強化し、これまでにも多くの輸出実績を持つSu-27戦闘機、「Su-30」戦闘爆撃機、「BMP-3」歩兵戦闘車などをインドネシア、マレーシア、ベトナムなどに売り込むことに成功した。

■ベトナムがロシアからキロ級潜水艦を6隻導入

 また、中国の海軍力強化に脅威を感じているベトナムは、同国初の潜水艦としてロシアからキロ級潜水艦6隻を導入することを決定したほか、自国の造船所でゲパルト級コルベットのライセンス生産も始めた。

 ロシアが新たなフロンティアと見ているのが、南米だ。
 これまでにもロシアは南米随一の反米国ベネズエラに多額の武器を売り込んできたが、今後はブラジル、アルゼンチン、ペルーなどにも販路を広げようとしている。
 特にブラジルは経済力の面からも有望な市場で、すでに「Mi-35M」攻撃ヘリコプターを導入しているほか、3月にはブラジルを訪問したドミトリー・メドベージェフ首相が直々に「パンツィーリS1」防空システムなどの売り込みを行った。
 このブラジルの例に見られるように、ロシア製兵器が市場を開拓する上での強力な武器となっているのが政府首脳によるトップセールスだ。
 国家のトップが直接、相手国に乗り込んで、他のイシューと抱き合わせで武器輸出契約をまとめてしまうのだ。
 その最たる例が2006年に締結されたアルジェリアへの武器輸出案件である。
 この契約ではプーチン大統領自らが営業マンとなり、鉄道建設・ガス田開発・債務帳消し・武器輸出などをパッケージ化することで総額75億ドルという巨額の武器輸出契約をまとめた。

 近年、我が国でも武器輸出に関する議論が活発化しているが、実績の乏しい日本製兵器を海外に売り込むならば、こうした政府の強力なサポートは不可欠であろうと考える。
 イラク戦争の痛手から回復し、再び産油国として復興しつつあるイラクも有望な顧客である。
 戦後、米国の友好国となったイラクは大量のアメリカ製装備を導入するようになったが、2012年、42億ドルという巨額の武器輸入契約をロシアとの間で結んだ。
 詳細は明らかでないが、最新鋭の「Mi-28NE」攻撃ヘリコプターや前述のパンツィーリS1などが主と見られている。
 この契約は、イラク側の発注過程に不正があったとのことで一時期、議会によって凍結を余儀なくされたものの、今年4月に入ってから改めて契約続行にゴーサインが出た。

 販路の拡大はさらに続く見込みだ。

 プーチン大統領は冒頭の発言に続けて、今後は借款を通じて武器輸出の拡大を図るべきであるとの認識を示した。
 つまり、ロシア製兵器を買いたくても経済的余裕がない国に低利で購入資金を貸し付け、兵器を買ってもらうという方式である。
 また、顧客から要望があれば、当該国での共同生産(部品を輸入して組み立てるノックダウン生産や、部品自体を現地生産するライセンス生産など)も視野に入れ、幅広いニーズに応える。
 さらに、売却後のアフターサービスや旧式化した兵器のアップグレードなどもこまめに行い、売った後も利益を得られる仕組みを強化する必要性も指摘された。

■過去の戦略的援助から決別、商売に徹する

 ただし、プーチン大統領が釘を刺したのは、借款が「イデオロギー的」なものであってはならないという点だ。
 ソ連時代の武器輸出は商業的な利益よりも戦略援助としての性格が強かったため、ほとんど返ってくるアテがないことを承知で借款を供与したり、場合によっては無償で提供していた。
 これに対してプーチン大統領は、現代の借款供与はあくまで市場原則に則ったものでなくてはならないと強調したのである。
 実は近年、ロシアは中央アジアの友好国との軍事協力を強化する目的から、武器を無償または優遇価格で供与しようという話が繰り返し持ち上がってきた。
 例えばカザフスタンには「S-300」防空システムを無償供与するという発表が幾度か行われているし、昨年末にはロシア、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタンが加盟するCSTO(集団安全保障条約機構)に対して廉価で武器供給を行う方針であるとも伝えられた。
 だが、結果的にこれらの動きはどれも実現に至っておらず、政府首脳部の中にはソ連時代のような「戦略援助」的武器輸出に批判的な空気があるのかもしれない。

 ロシアの武器輸出の今後について、もう1つ注目されるのは、中国との関係である。

■大量購入ならコピーもやむなし

 販路拡大を進めるにせよ、200万人以上の総兵力と世界有数の軍事費を持つ中国市場はやはり魅力的である。
 このため、技術をコピーされることは承知で、ある程度まとまった数を買ってくれるならばそれでいいではないか、という考えもロシア、特に国営武器輸出公社やその上位官庁である連邦軍事技術協力庁にはある。

 最近注目されたのは、Su-35S戦闘機とラーダ級通常動力型潜水艦を中国に輸出することで話がまとまった、という非公式情報だ。
 だが、3月の習近平総書記の訪露でも、この契約はまとまらなかった(新華社が契約締結を報じたが誤報だった)。
 Su-35Sについて言えば、あくまで技術参考品として少数機のみを求める中国と、まとまった数の導入を主張するロシアという構図が今回も繰り返され、溝が埋まらなかったようだ。

 ラーダ級潜水艦については、「2隻を輸入、残る2隻を中国でライセンス生産」といった報道が中国のメディアで見られたが、ラーダ級はロシア海軍でも調達が始まったばかりの最新鋭艦であり、コピーされることが明らかな中国にライセンスを供与するというのは少々虫が良すぎる。

 たしかに中露は互いを戦略的パートナーと規定し、政治・経済の幅広い局面で利害を共にしてはいるが、
 一方的に技術だけを求めるような姿勢を中国が改めない限り、中露の武器取引が近いうちに再開することはなさそうだ。




【中国はどこへむかうのか】


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